「抗うつ剤を飲み始めてから10kgも太ってしまいました・・・」
「抗うつ剤で太ってしまって、友人に会えません・・・」
診察をしていると、患者さんからこのようなお話を頂く事があります。
私達精神科医が使う向精神薬(精神に作用するお薬)の多くは、心身をリラックスさせるはたらきを持ちます。
心身をリラックス状態にすると、どうしても身体の代謝が低下するため、脂質などが体内に蓄積しやすくなり、体重が増えやすくなります。
抗うつ剤も向精神薬の1つで心身をリラックスさせるはたらきがあるため、体重増加をきたすものが多くあります。
ジェイゾロフト(一般名:セルトラリン)は、抗うつ剤の中では体重増加が顕著なお薬ではありません。しかし太ってしまうリスクは十分にあるお薬であり、注意は必要になります。
体重増加は患者さんによっては大きなストレスとなる副作用です。患者さんを楽にしてあげるための治療なのに、それによって患者さんが辛い想いをしてしまうのでは治療の意味がありません。
そのためジェイゾロフトをはじめとした抗うつ剤は、その特徴をよく理解した上で使用する必要があります。
ジェイゾロフトは太りやすいお薬なのでしょうか?また、どうして服用すると太ってしまうのでしょうか。どのような点に注意して服用をすべきで、体重増加が生じてしまった場合はどのような対処法があるのでしょうか。
ここではジェイゾロフトで生じる体重増加について詳しくお話させていただきます。
1.ジェイゾロフトで太る2つの機序
ジェイゾロフトは抗うつ剤の中では、決して太りやすいお薬ではありません。しかし太る可能性はあるお薬です。
ではどうしてジェイゾロフトを服用すると太りやすくなってしまうのでしょうか。
ジェイゾロフトで体重が増える機序はいくつかありますが、代表的な原因としては、
- ヒスタミンをブロックする作用(抗ヒスタミン作用)
- 代謝抑制作用
だと考えられています。
ジェイゾロフトは向精神薬(精神に作用するお薬)の中でも、抗うつ剤の中でも、これらの作用はあまり強くありません。そのため体重増加の副作用は決して多くはありません。
しかしこれらの作用はないわけではありませんので、太る可能性はあり得ます。
ジェイゾロフトのそれぞれの作用について詳しく説明します。
Ⅰ.抗ヒスタミン作用
ヒスタミンは神経伝達物質の1つです。
神経伝達物質とは神経から次の神経に情報を伝えていく物質です。神経伝達物質の種類によって伝える情報は異なりますが、ヒスタミンが分泌されると、
- アレルギー反応が生じる
- 胃酸が分泌される
- 脳の覚醒レベルが上がる
- 食欲が抑えられる
などといった作用が身体に生じます。
ヒスタミンはアレルギー反応を引き起こすので、アレルギー疾患(花粉症など)の治療にはヒスタミンのはたらきを抑えるお薬(抗ヒスタミン薬)が用いられています。
代表的な抗ヒスタミン薬には、
- アレグラ(一般名:フェキソフェナジン)
- アレジオン(一般名: エピナスチン)
などがあります。花粉症でこれらのお薬を服用している方もいらっしゃるかもしれませんね。
またヒスタミンが胃に存在するヒスタミン2受容体に結合すると、胃酸の分泌が促されます。胃炎や胃潰瘍などに用いられる胃薬に「H2ブロッカー」と呼ばれるお薬がありますが、これはヒスタミン2受容体(H2受容体)にヒスタミンが結合できないようにしてしまうお薬です。これによって胃酸の分泌が抑えられ、胃壁が荒れにくくなるのです。
代表的なH2ブロッカーには、
- ガスター(一般名:ファモチジン)
などがあります。こちらの名前もCMなどで聞いた事がある方もいらっしゃるでしょう。
これらの他にもヒスタミンは「脳を覚醒させる」というはたらきを持っています。そのためヒスタミンをブロックすると眠気が生じます。例えば市販の睡眠改善薬の「ドリエル」はヒスタミンをブロックする作用を持ちます。
このようにヒスタミンは私たちの身体の中で様々なはたらきをしており、これを利用したお薬は精神科のみならず内科などでもたくさん使われているのです。
同様にヒスタミンには食欲を抑制する作用もあります。そしてジェイゾロフトはヒスタミンのはたらきをブロックするため、食欲の抑制をはずしてしまい、食欲をあげてしまうのです。これにより体重が増加しやすくなり、太りやすくなるというわけです。
Ⅱ.代謝抑制作用
抗うつ剤は基本的に心身をリラックスさせます。
抗うつ剤は落ち込みや不安を取る作用がありますが、一般的なイメージとして気持ちが穏やかになれば、呼吸数も減り、心拍数も下がり、ゆったりとした状態になります。
このようなリラックス状態ではエネルギーを使う必要性は少なくなります。私達の身体はエネルギーが必要な時は、身体の中の炭水化物・タンパク質、脂質を分解してエネルギーを取り出しますが、その必要度合いが減るわけです。
するとこれらの栄養素が身体に残りやすくなります。この場合、私達の身体は栄養素の中でもっともエネルギー効率のよい脂質として身体に蓄積します。
この脂質の蓄積により、体重が増加傾向となるわけです。
2.ジェイゾロフトの太りやすさはどのくらいの強さか
ジェイゾロフトは上記の作用機序から太る可能性はある抗うつ剤ですが、その程度は決して強くはありません。
しかし太ってしまう可能性は十分にあります。服用しても体重がほとんど変わらなかったという人もいますが、一方で服用してから10kg以上太ってしまうという方も中にはいらっしゃいます。
特に若い女性は太る事に対して敏感なのが普通ですから体重増加によって、より落ち込んでしまうこともあります。落ち込みを改善させるために抗うつ剤を投与しているのに、抗うつ剤の体重増加で落ち込んでしまえば本末転倒と言わざるを得ません。
ジェイゾロフトを服用する際には、ジェイゾロフトは太る可能性があるお薬であるという事を事前にしっかりと理解しておく必要があります。これはお薬の特性なのですから仕方ありません。
ではジェイゾロフトは他の抗うつ剤などと比べるとどのくらい太りやすいのでしょうか。
ここではジェイゾロフトの太りやすさのおおよそのイメージをつかむため、他の代表的な抗うつ剤と比較してみましょう。
ジェイゾロフトの太りやすさを【+】とした時の、他の抗うつ剤で生じる一般的な体重増加の程度を紹介します(お薬の効きには個人差もあるため、あくまでも目安に過ぎない事をご了承下さい)。
Ⅰ.他のSSRIとの比較
ジェイゾロフトはSSRIという種類の抗うつ剤です。
SSRI(選択的セロトニン再取込み阻害薬)は、神経間に放出されたセロトニンが神経に再度取り込まれてしまうのをブロックするお薬です。これによって神経間のセロトニン濃度を上げ、うつや不安を改善させます。
ではSSRIの中でジェイゾロフトはどのくらい太りやすいのでしょうか。
【抗うつ剤】 | 【太りやすさ】 |
ルボックス・デプロメール(一般名:フルボキサミン) | ++ |
パキシル(一般名:パロキセチン) | ++ |
ジェイゾロフト(一般名:セルトラリン) | + |
レクサプロ(一般名:エスシタロプラム) | + |
SSRIは多少の抗ヒスタミン作用を持ちます。また落ち込みや不安を改善させる「セロトニン」という物質を増やすため、心身をリラックスさせて代謝を落とします。
そのため体重増加はまずまずの頻度で生じます。
しかし上記をみて分かるように、ジェイゾロフトはSSRIの中では体重増加は少なめになります。SSRIの中でもルボックス・デプロメールやパキシルは体重増加を特にきたしやすいため注意が必要になります。
Ⅱ.SNRIとの比較
SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬)は、神経間に放出されたセロトニンとノルアドレナリンが神経に取り込まれてしまうのをブロックするお薬です。これによって神経間のセロトニン・ノルアドレナリン濃度を上げ、うつや不安を改善させます。
ではSNRIはどのくらい太りやすいのでしょうか。
【抗うつ剤】 | 【太りやすさ】 |
トレドミン(一般名:ミルナシプラン) | ー |
サインバルタ(一般名:デュロキセチン) | + |
イフェクサー(一般名:ベンラファキシン) | ± |
SNRIは多少の抗ヒスタミン作用を持つものもありますが、ノルアドレナリンという代謝を上げるアドレナリン系の物質を増やす作用ももちます。
SNRIはこのノルアドレナリンの作用から逆に体重が減少することもあるほどです。全体的にみてSNRIは太りにくい抗うつ剤だと言えるでしょう。
Ⅲ.NaSSAとの比較
NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ剤)は、神経間にセロトニン・ノルアドレナリンが放出されるのを促す作用を持ちます。これにより神経間のセロトニン・ノルアドレナリン濃度を上げ、うつや不安を改善させます。
NaSSAはどのくらい太りやすいのでしょうか
【抗うつ剤】 | 【太りやすさ】 |
リフレックス・レメロン(一般名:ミルタザピン) | +++ |
NaSSAは鎮静系抗うつ剤とも呼ばれ、身体を鎮静させて代謝を強く抑制してしまいます。また抗ヒスタミン作用も強めです。
そのため体重増加の副作用も多めになります。
Ⅳ.三環系抗うつ剤との比較
三環系抗うつ剤は、1950年頃から使われるようになった古い抗うつ剤です。効果は強いものの、副作用も多いため現在ではあまり用いられていません。三環系抗うつ剤の基本的な作用機序も神経間に放出されたセロトニンやノルアドレナリンが神経に再度取り込まれてしまうのをブロックする作用になります。
古い抗うつ剤であるためSSRI・SNRIと比べると作りが荒く、そのために効果も強力ですが、副作用も強めになります。
では三環系抗うつ剤はどのくらい太りやすいのでしょうか。
【抗うつ剤】 | 【太りやすさ】 |
トフラニール(一般名:イミプラミン) | ++ |
アナフラニール(一般名:クロミプラミン) | ++ |
トリプタノール(一般名:アミトリプチリン) | +++ |
アモキサン(一般名:アモキサピン) | ++ |
三環系抗うつ剤は古い抗うつ剤で作りが荒いため、余計な部位にも作用しやすく、副作用は全体的に多めです。抗ヒスタミン作用も比較的強いため、太りやすい傾向にあります。特にトリプタノールは抗ヒスタミン作用が強いため体重増加に注意が必要です。
Ⅳ.四環系抗うつ剤などとの比較
- 四環系抗うつ剤(テトラミド、ルジオミールなど)
- デジレル・レスリン
と呼ばれる抗うつ剤は「鎮静系抗うつ剤」と呼ばれており、鎮静・催眠作用に優れる抗うつ剤です(余談ですが、これらを改良して出来たのがNaSSAになります)。
ではこれら鎮静系抗うつ剤ではどのくらい太りやすいのでしょうか。
【抗うつ剤】 | 【眠気の強さ】 |
テトラミド(一般名:ミアンセリン) | + |
ルジオミール(一般名:マプロチリン) | + |
デジレル・レスリン(一般名:トラゾドン) | + |
四環系抗うつ剤(テトラミド、ルジオミールなど)は抗ヒスタミン作用は弱く、また抗うつ作用も弱いため代謝を抑制する作用も弱めです。そのため体重増加の頻度はそれほど多くありません。
デジレル・レスリンはセロトニン2A受容体をブロックする作用に優れる抗うつ剤ですが、抗ヒスタミン作用はあまりありません。そのためこちらも体重増加の程度は軽めになります。
以上を総合すると、ジェイゾロフトは抗うつ剤の中では体重増加はきたしうるものの、その頻度が特別に多いお薬ではない事が分かります。
3.ジェイゾロフトの体重増加を利用できる方もいる
太ることは一般的にはネガティブなイメージがあります。「このお薬は太る可能性があります」と言うと悪い印象を持つ方が多いでしょう。
しかしこの体重増加の副作用を逆手にとって、患者さんに良い影響をもたらせる事もあります。
ジェイゾロフトの体重増加は、
- 抗ヒスタミン作用によって食欲があがる
- 鎮静によって代謝を抑制され、脂肪などが蓄積しやすくなる
ために生じます。
このジェイゾロフトの副作用を逆手にとれる患者さんとしては、
- 食欲が落ちている方
- 極端に体重が落ちている方
などが挙げられます。
主に精神的な理由によって、食欲が低下している場合、ジェイゾロフトを服用することによって食欲増進作用が期待できます。また極端に体重が落ちていて、食事量を増やさないといけないような場合も、ジェイゾロフトの副作用によって食事量を改善させる事が期待できます。
例えば、うつ病で食欲低下が生じ、どんどんと体重が落ちているような方には良い適応です。また高齢者で加齢に伴って食事量が低下し、それによってどんどんとるいそうが進行してしまっているような方に投与することで、食欲の改善・体重の増加が期待できます。
4.ジェイゾロフトで太ってしまった時の対策
ジェイゾロフトを服用する際、なるべく体重増加をきたさないようにするにはどのような工夫があるのでしょうか。また体重増加が生じてしまった場合はどのような対策をとればいいのでしょうか。
体重が増えてしまうのはジェイゾロフトをはじめとした抗うつ剤の特性上仕方のないところもあります。しかし工夫をすれば体重増加の程度を軽減させることができないわけではありません。
ここでは臨床でよく用いられる対処法を紹介させて頂きます。なお実際にこの対処法を実践される際は独断では行わず、必ず主治医の先生と相談しながら行うようにしてください。
Ⅰ.まずは食生活・運動習慣の見直しを
まず忘れてはいけないのが、食生活・運動習慣が適切かどうかの見直しです。
これは一番基本的な事で、一番大切な事になります。
たとえ抗うつ剤を服用していたとしても、規則正しい生活、適度な運動など生活を改善する行動を続けていれば、体重は落ちやすくなります。
- 1日3食、規則正しくバランスよく食べているでしょうか?
- 週2~3回は定期的に運動をしていますか?
- 夜はしっかり睡眠をとれているでしょうか?
抗うつ剤は体重が「落ちなくなる薬」ではありません。体重が「落ちにくくなる薬」です。抗うつ剤を服用していても、しかるべき行動をとっていれば、体重は落ちやすくなります。
体重が適正に維持される生活習慣をおくっているか、改めて見直してみましょう。
Ⅱ.延々と太り続けるわけではない事を知る
ジェイゾロフトは抗うつ剤の中で、決して太りやすいお薬ではありません。
また服用しているとどんどんと太り続けていくわけではありません。多くの場合は、服用を始めて体重増加が出現しても、数か月で止まり、それ以降は更に増える事はありません。
お薬を飲み始めて、それに伴って体重がどんどん増えていくと、「このまま延々と太り続けてしまうのではないか」と怖くなってしまうかもしれません。
しかし現実はそうではなく、どこかで増加は止まります。その止まった先の体重が許容内であったり、「このくらいの体重増加であれば精神状態を安定させるメリットの方が高い」と思えるものであれば、いたずらに副作用を怖がるのではなく、リスクを受け入れて服用を続けるのも方法の1つになります。
体重増加に個人差はあるとはいえ、ジェイゾロフト服用後の経過をある程度みていけば、その方が今のお薬の量でどのくらい体重が増えるのか、主治医も見通しがある程度付けれるようになります。
主治医に体重増加に対して、「このままいくとどのくらいまで体重が増えそうか」という見通しを確認し、その上でそれが許容できるものかどうか判断してみましょう。
Ⅲ.どうしても困るようなら減薬・変薬を
どうしてもジェイゾロフトによる体重増加が困るようであれば、ジェイゾロフトの量を減らしたり、他の抗うつ剤に変更したりといった方法を検討せざるをえません。
すでにある程度の量のジェイゾロフトを服用していて、その効果もある程度感じている場合には、お薬を変えるのではなく減薬を検討しましょう。ジェイゾロフトを減薬すれば作用(うつを改善させる効果など)も弱まりますが、副作用(体重増加など)の程度も軽減します。その両者のバランスが取れている用量を主治医と一緒に探していきましょう。
また初期用量や低用量で体重増加が生じてしまう場合、一定期間服用を続けているのに抗うつ作用は分からず体重増加だけ生じている場合などは、ジェイゾロフトの作用もほとんど得られていないのに、副作用だけが出ている状態になります。この状態ではジェイゾロフトを継続するメリットは乏しいでしょう。
この場合は別の抗うつ剤に変更することも検討しましょう。
どの抗うつ剤に変更するかは主治医とよく相談して決めるべきですが、よく用いられる代表的な抗うつ剤で体重増加が少ないものというと、
【SNRI】
・サインバルタ(一般名:デュロキセチン)
・イフェクサー(一般名:ベンラファキシン)
【SSRI】
・レクサプロ(一般名:エスシタロプラム)
などが挙げられます。