ミルタザピンは、抗うつ剤の1つで、NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ剤)という種類に属します。
セロトニンとノルアドレナリンを増やす作用に優れる事から、
- うつ病
- 不安障害(パニック障害、社会不安障害など)
といった疾患に主に用いられておりますが、それ以外にも
- 不眠症
- 統合失調症
などといった疾患への治療に応用される事もあり、上手に使えば幅広い疾患治療に役立つ頼れるお薬です。うつ病を改善させる効果、不安を和らげる効果、眠りへの効果、食欲を改善させる効果など、その効果は多岐に渡ります。
では具体的にミルタザピンにはどのような効果があるのでしょうか。ここではミルタザピンという抗うつ剤がどのような効果を持つお薬なのかを、一般の方でもなるべく分かるように紹介させていただきます。
1.ミルタザピンが持つ効果とは
ミルタザピンはどのような効果を持つお薬なのでしょうか。
ミルタザピンは抗うつ剤ですから、主な効果は「うつ病を改善させる効果(抗うつ作用)」になります。しかし実はミルタザピンで得られる効果はそれだけではありません。
精神面への効果としては、
- 落ち込み・意欲低下などを改善させる効果(抗うつ作用)
- 不安を和らげる効果(抗不安作用)
- 眠りを導き、眠りを深くする効果
- 食欲を改善させる効果
- 認知機能を改善させる効果
などが挙げられます。
また身体面としては、
- 吐き気などの胃腸症状を改善させる効果
- 痛みを緩和させる効果
- 勃起障害・射精障害などの性機能障害を改善させる効果
- アレルギーなどで生じるかゆみを改善させる効果
なども期待できます。
このようにミルタザピンは単にうつ症状を改善させるだけでなく、その他の様々な効果も得られる可能性がある抗うつ剤なのです。
このミルタザピンの特徴をしっかりと理解すれば、1剤で様々な症状を改善させる事が出来るようになります。
2.ミルタザピンの精神面への効果
ミルタザピンは抗うつ剤ですので、基本的にはうつ症状を改善させる効果を持ちます。しかし、それ以外にも様々な効果が期待できるお薬です。
ではミルタザピンの持つ効果のうち、精神面への効果について、その効果が生じる機序やその効果の強さ、臨床での利用法などをより詳しく見ていきましょう。
Ⅰ.うつを改善させる効果
ミルタザピンの主要な効果は、うつ病を改善させる効果(抗うつ作用)になります。
しかし一口に「うつ病」といってもその症状は様々です。
- 気分が落ち込む
- 興味や関心を持てない
- 喜びや楽しみを感じられない
- 疲れやすい
- 眠れない
- 食欲がでない
- 自分に価値を感じられない
- 集中できない、やる気がでない
- 消えたい、死にたい
このように症状は多岐に渡りますが、この中でミルタザピンはどのような症状に対して効果があるのでしょうか。
結論から言うと、これらうつ病で生じる症状のおおむね全てに対してミルタザピンは効果が期待できます。
ミルタザピンはNaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ剤)という種類に属する抗うつ剤です。
NaSSAはその名の通り、
- ノルアドレナリン
- セロトニン
といった物質を増やす作用に優れます。また多少ですが「ドーパミン」を増やす作用も持ちます。
ノルアドレナリンやセロトニン・ドーパミンは「モノアミン」と呼ばれる物質で、私たちの身体の中で主に感情に関する情報を伝える役割を持ちます。神経から神経へ情報を伝えるための物質を「神経伝達物質」と言いますが、モノアミンは感情に関係する神経伝達物質なのです。
うつ病は、これらモノアミンの量が減少してしまう事が一因だと考えられています。モノアミンの減少によって感情の情報がスムーズに伝達されなくなる事で、気分に異常が生じると考えられているのです。そのため、抗うつ剤はモノアミンの量を増やすような作用を持ちます。
ミルタザピンも、神経間のモノアミン(中でもノルアドレナリンとセロトニン)の分泌を促す事によってうつ病を改善させる作用があります。
モノアミンにはノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンがあり、
- セロトニンは落ち込みや不安を改善させる
- ノルアドレナリンはやる気や意欲を改善させる
- ドーパミンは楽しみや快楽を改善させる
と考えられています。
ミルタザピンはノルアドレナリン、そしてセロトニンを増やす作用に優れる抗うつ剤ですので、特に落ち込みや不安、そして意欲低下に効果が期待できます。また前頭前野のドーパミンを増やす作用も報告されており、これによって楽しむ力を改善させる効果も期待できます。また後述しますが、眠りを深くする作用や食欲を改善させる作用も持ちます。
つまり、うつ病の各症状を総合的に改善してくれるという事です。
Ⅱ.不安を改善させる効果
ミルタザピンは分類的には抗うつ剤ですが、不安を改善させる作用も持ちます。そのため、不安が病的に高まってしまっている「不安障害」への治療に用いられる事もあります。
不安は主に脳の「扁桃体」という部位におけるセロトニンが関係していると考えられています。
扁桃体の活動性が亢進しすぎると不安を感じやすくなり、活動性が低下すると不安を感じにくくなるのです。そしてセロトニンは扁桃体の過剰な活動を抑えるはたらきがあると考えられています。
その根拠として「ウィリアムズ症候群」という扁桃体の活動性が低下している疾患では、恐怖・不安を感じにくくなる事が知られています。また「クリューバー・ビューシー症候群」という扁桃体が破壊される障害では、同じく恐怖や怒りを感じにくくなる事が知られています。
ミルタザピンはセロトニンを増やし、また主に不安軽減に関わっているセロトニン1A受容体へのセロトニンの結合を促すため、これによって扁桃体の活動性が正常化し、不安を和げる作用が期待できます。
このようにミルタザピンによるセロトニン増加で不安軽減が期待できるのですが、一方で興奮性の神経伝達物質であるノルアドレナリンは不安を増悪させてしまうリスクもあるため、注意も必要です。
このような理由から不安を治療する際は、まずはSSRI(選択的セロトニン再取込阻害薬)など、セロトニンのみを集中的に増やすお薬をまず使う事が一般的です。ミルタザピンのようなNaSSAはSSRIでは効果不十分であった場合に検討される、という位置づけになります。
Ⅲ.眠りを導く効果・眠りを深くする効果
ミルタザピンの主な効果は、前述した通り、
- うつ病を改善させる効果
- 不安を和らげる効果
になります。
しかしそれ以外にもいくつか特徴的な効果があります。その1つが眠りへの効果です。
具体的にはミルタザピンは、
- 眠りを導く効果(入眠作用)
- 眠りを深くする効果(熟眠作用)
があるのです。
ミルタザピンは鎮静系抗うつ剤とも呼ばれ、服用すると眠くなるという特徴があります。そしてただ眠くなるだけではありません。ミルタザピンは眠りを深くする作用を持ち、眠りの質を改善させる効果が期待できます。
これらの作用は入眠作用はミルタザピンが「ヒスタミン1受容体」に作用する事で生じ、熟眠作用はミルタザピンが「セロトニン2受容体」に作用する事で生じていると考えられています。
ヒスタミンは神経伝達物質の1つであり、脳を覚醒させるはたらきがあります。ミルタザピンはヒスタミン受容体(ヒスタミンが結合する部位)にフタをしてしまい、ヒスタミンが作用できないようにしてしまいます。すると、脳の覚醒を保ちにくくなるため、眠くなります。
しかし、このヒスタミンをブロックする作用(抗ヒスタミン作用)は、すぐに耐性(慣れ)が出来てしまう事も知られています。実際、ミルタザピンは服用してから数日は強い眠気が生じますが、その後はだんだんと慣れてくる事をよく経験します。これはミルタザピンの服用を続けた事で抗ヒスタミン作用への耐性が生じたためです。
このため、この眠りを導く効果(入眠作用)については、短期間しか効果を得られない事も多く、長期間に渡って得られる効果とは考えない方がいいかもしれません。
一方で眠りを深くする効果(熟眠作用)は、セロトニンが関係しており、こちらは耐性は生じません。セロトニンがセロトニン2A受容体に結合すると眠りが浅くなってしまう事が報告されていますが、ミルタザピンはセロトニン2A受容体にフタをしてしまい、セロトニンが結合できないようにしてしまいます。これによって眠りが深くなるのです。
実際、ミルタザピンを服用する事で深部睡眠(深い眠り)の割合が増える事が確認されています。逆に、同じ抗うつ剤でもSSRIなどはセロトニン2A受容体を刺激する事で深部睡眠を減らす事が報告されており、不眠や悪夢などの原因となる事もありますので、ミルタザピンの熟眠作用はこのような副作用を生じさせたくない患者さんにとっても役立つ作用になります。
ミルタザピンのこれらの効果は不眠で困っている患者さんに役立つ効果である一方で、日中の眠気やだるさの原因になってしまう事もあるため、患者さんの症状や状態に合わせて上手に使っていく事が大切です。
Ⅳ.食欲を改善させる効果
ミルタザピンには食欲を改善させる効果もあります。
この作用もミルタザピンが「ヒスタミン1受容体」をブロックする事によって生じます。
ヒスタミンは脳を覚醒させるはたらきがありますが、それ以外にも食欲を抑制するはたらきもあるのです。ミルタザピンはヒスタミン1受容体をブロックするため、これによって食欲を抑えにくくなります。すると食欲が増え、体重も増えやすくなるというわけです。
このミルタザピンの食欲改善効果も、食欲低下で困っている患者さんには役立ちますが、一方で過食や体重増加を引き起こす可能性もあるため、やはり患者さんの症状・状態に合わせて上手に使っていく事が大切です。
またこの食欲改善効果も入眠作用と同じくヒスタミンへの作用ですから耐性が生じます。そのため、体重は延々と増え続ける事はなく、多くは数kgの体重増加にとどまります。体重増加のピークは服用開始後4~8か月ほどであり、それ以降はうつ病の改善に伴い身体の活動量も上がっていく事から、体重はむしろ減少していく事が報告されています。
Ⅴ.認知機能を改善させる効果
ミルタザピンの意外な効果として、認知機能を改善させる効果が報告されています。
認知機能というのは日常生活において様々な情報を適切に把握し、適切に処理する能力の事です。
具体的には、
- 情報処理能力
- 注意力
- 記憶力
- 集中力
- 理解力
- 計画能力
- 問題解決能力
などがあり、動物の中でも人間で特に発達している高次能力(知的能力)です。
認知機能は認知症や統合失調症などで低下する事が知られていますが、うつ病でも低下する事はよくあります。特に難治性や再発性のうつ病では認知機能低下は高い頻度で認められます。
「仕事や家事の時、何をしたらいいのか分からなくなる」
「順序だてて作業をする事が出来ない」
「以前はなかったケアレスミスをよくするようになった」
このような症状がある方は、認知機能障害が生じている可能性があります。
この認知機能障害のやっかいな点は、改善させる方法がなかなかない事です。特に統合失調症では、幻覚や妄想といった症状は何とかお薬で治す事ができても、認知機能障害が残ってしまい、それで社会復帰ができなくなってしまう方も少なくありません。
ミルタザピンはこの認知機能を改善させる効果がある可能性が報告されています。
その機序としてはミルタザピンが、
- アセチルコリン受容体をブロックする作用がない
- 前頭葉のドーパミンを増やす作用がある
ためだと考えられています。
アセチルコリン受容体をブロックする作用は「抗コリン作用」と呼ばれます。これは多くの抗うつ剤で認められる副作用なのですが、口喝(口の渇き)や便秘、尿の出にくさなどといった症状を引き起こす他、脳の覚醒レベルを下げてしまう事で認知機能を悪化させてしまう事があります。
ミルタザピンは抗コリン作用をほとんど持ちません。そのため、認知機能を悪化させるといった危険が少ないのです。
また多くの研究から前頭前野のドーパミンの分泌が適切に促されると認知機能が改善する事が確認されています。ミルタザピンはセロトニンA1受容体にセロトニンを結合させやすくする事で、前頭前野のドーパミン分泌を促す作用がある事が報告されています。これによって認知機能の改善効果が期待できるのです。
実際、認知機能障害が生じている統合失調症やうつ病の患者さんに対してミルタザピンを投与する事で、認知機能の改善が得られた事を報告している研究もあります。
3.ミルタザピンの身体面への効果
ミルタザピンは主に精神に作用するお薬ですが、身体症状に対する効果もいくつか期待できます。
もちろん抗うつ剤ですので、身体的な症状に対して使われる機会は多くはありませんが、このような効果もある事を知っておくと、より効率的にミルタザピンを利用できるようになるでしょう。
最後にミルタザピンの持つ身体面への効果を詳しく見ていきます。
Ⅰ.吐き気の改善
ミルタザピンはセロトニン3受容体をブロックする作用があります。このセロトニン3受容体は刺激されると胃腸の動きが低下し、吐き気などが生じます。
実際、SSRIやSNRIなどといった抗うつ剤はセロトニン3受容体を刺激する作用を持つため、服用によって吐き気が生じる事があります。
一方でミルタザピンはセロトニン3受容体をブロックするため、吐き気や便秘などが生じないだけでなく、セロトニン2受容体の刺激によって生じた吐き気や便秘を改善させるはたらきが期待できます。
つまりSSRIやSNRIで吐き気が生じている時にミルタザピンを併用すれば、吐き気を軽減させられる能性もあるという事です。
またそれ以外の状態による吐き気にもしばしば使われます。
例えば癌の痛みを和らげるために用いられている医療用麻薬は副作用によって吐き気や便秘が生じる事があります。また妊娠悪阻(いわゆる「つわり」)でも吐き気が生じる事があります。ミルタザピンはこのような場合においても、服用する事で吐き気の改善効果が期待できるのです。
Ⅱ.痛みの緩和
セロトニンそしてノルアドレナリンは、気分のみならず痛みにも関係しており、セロトニンやノルアドレナリンが減少すると痛みを感じやすくなってしまいます。
うつ病の方は腰痛や頭痛、肩痛などの痛みが併発しやすく事が知られていますが、これはセロトニンやノルアドレナリンが減少しているためだと考えられています。
ミルタザピンはセロトニンとノルアドレナリンの分泌を増やす作用があるため、気分の改善のみならず、痛みを緩和させる効果も期待できます。
そのため神経痛や癌性疼痛(癌による痛み)の緩和のために用いられる事があります。
ミルタザピンと同様に、SNRIやSSRI、三環系抗うつ剤などといった他の抗うつ剤も、セロトニン・ノルアドレナリンを増やす作用を持つため痛みの緩和目的で処方される事があります。
Ⅲ.性機能障害の改善
射精障害・勃起障害・性欲低下などといった性機能障害は、その一因としてセロトニンが関係している事があります。
具体的には、セロトニンがセロトニン2受容体を刺激してしまうと性機能は低下します。実際、SSRIを服用すると高い頻度で性機能障害が生じますが、これはSSRIがセロトニン2受容体を刺激するためです。
ミルタザピンはSSRIとは逆にセロトニン2受容体をブロックする作用があります。そのためセロトニン2受容体の刺激によって生じた性機能障害を改善できる可能性があります。そのためSSRIで性機能障害が生じた際、ミルタザピンを併用する事で、薬理的に考えれば性機能障害の改善が期待できます。
Ⅳ.アレルギー症状(かゆみなど)の改善
アレルギーのうち、花粉症や蕁麻疹(じんましん)などは、発症にヒスタミンが深く関わっています。
具体的には、アレルゲン(アレルギー症状を引き起こす物質)が体内に侵入すると、肥満細胞などの「アレルギー誘発性細胞」がそれを感知し、ヒスタミンなどのアレルギー誘発物質を分泌します。これによってかゆみや鼻水・充血といったアレルギー症状が生じます。
そのため、このヒスタミンのはたらきを抑える事ができればアレルギー症状も和らぎます。
実際、いわゆる「抗アレルギー薬」と呼ばれるお薬は、このヒスタミンのはたらきをブロックするお薬であり「抗ヒスタミン薬」と呼ばれています。
そしてミルタザピンも抗ヒスタミン薬と同じように抗ヒスタミン作用があります。そのためアレルギー症状にも効果が期待できるのです。